2018年12月20日

2.Mobile Hospital への挑戦 1996 参与 滝沢 正臣

2.Mobile Hospital への挑戦 1996
1970〜90年代における大気汚染や喫煙者の増加は、結果的に肺がんの増加につながった。従来の肺がん健診は、X線単純写真撮影が主であった。X線写真は、肺結核のような病巣に石灰化を持つ疾患には有効であるが、通常の筋肉組織と同じ特性を持つ肺がんが、単純写真上で識別できるのは、病巣が拡大してからで手遅れになる場合が多い。
これが飛躍的に改善されたのは972年にイギリスで開発されたX線CTスキャナーによるイメージング検査であり、数ミリメートルの病巣を見つけ出せるまでになった。しかしこのような早期の肺がんでは、まったく気づかず病院での検査を受ける機会がない、という事実である。早期肺がんを見つけるためには、病院ではなく、生活している現場近くでCT検査するシステムの開発が必要なことを意味する。
このプロジェクトを実現すべく、総務省(当時の郵政省)に構想を提出したが、幸運にも12億円のプロジェクトが3年計画でスタート (郵政省 通信・放送機構 松本リサーチセンター 信州大学病院内)した。CT検診車の構想は、先行して放射線医学総合研究所で出されていたが、信州大学病院のシステムは、単なるローカルのCT検診だけではなく、画像情報を小型人口衛星アンテナ経由のオンラインで複数の病院に伝送してリアルタイム診断を実施することであった。また、超音波検診車も遠隔検査対象とした。

図2-1. Mobile Hospital
左上:長野市山間地の健診状況
右上:車内のCT検診車(日立製)
健診車と人工衛星をリンクするパラボラアンテナ
左右中:超音波健診車と車内検査状況
下:CT健診車とリンクされたリアルタイム遠隔画像診断システム(曽根医師)
図2-1. Mobile Hospital.jpg
このシステムは肺がんや乳がん検診のみならず、災害発生時に現場に急行して、手術なども含めた診療を行える移動病院を最終目標としてデザインされた。大型トラックの車体に、2週間は燃料補給無しに稼働可能なスパイラルX線CTスキャナー(図2-1)と自家発電システム、通信システムを備えた動く病院が1996年完成、すなわち、Mobile Hospitalと名付けられた。超音波検診車の特長は、超音波動画像を含む、3系統のストリーミング画像を送りリアルタイムの遠隔超音波診療が可能としたことで、特徴的なのは、検査技師が車内で操作する超音波プローブの位置と角度を病院医師が見て、リアルタイムで遠隔指示してイメージングできるシステムとなっていることである。

図2-2. 見つかった早期肺がん(上)の例と2年間の検診の成果
図2-2.png

CT健診実験地域は、山間地域で、病院での検査などにあまり行かない農業地域の住民を主対象とし、希望者は検査無料とした。3年間の実証実験で、延べ29,000名の肺CT検査、約200名の甲状腺、乳房、腹部の超音波検査が行われた。前者では、75名の早期肺がんが発見され、最小の肺がんは4mm(図2-2 赤矢印)であった。病巣はビデオ内視鏡などの処置で容易に除去された。この事実から、肺がんの発生率が全国でも最小グループとされた長野県でも潜在的には多くの患者が存在することが知られた。因みに、病院を受診して発見され、治療した患者と、Mobile Hospitalで発見され治療した患者との2年間での比較では、入院日数が約1/4、治療費が1/2と減少していることがわかる(図2-2 下)。
 Mobil Hospital は1998年の長野オリンピック白馬会場における競技選手の医療支援のためにも利用された。図2-4.はその写真で、最も危険度の高いダウンヒルコースゴール地点直下に車両を設置し、事故が起きた場合に直ちにCT検査を行って画像を超高速通信車(プロジェクトで開発)で信州大学病院に伝送した。実際の稼働は競技期間中1件であった。
この会場では、同時に開発された、中継用超高速衛星通信(Ka帶-19.7GHz〜30GHz)車が中継に使われた。

図2-3. 長野オリンピック ダウンヒル競技(上)コースのゴール地点(白馬国際スキー場)で待機中のMobil Hospital (下奥、手前は、中継用超高速衛星通信車)
図2-3.jpg

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2018年11月30日

平成30年度 多言語翻訳・生涯学習・ドローン セミナーを開催しました。

NPO中央コリドー情報通信研究所は、平成30年11月30日に新宿区立新宿文化センター会議室にて、S・I・Sフォーラム、(株)日本コスモトピア、(株)光電製作所との共催、キッセイコムテック(株)の協賛により多言語翻訳・生涯学習・ドローン セミナーを開催しました。
甕副理事長の開会挨拶に続いて、@「多言語翻訳サービス本格サービス開始」と題して、「S・I・S戦略」についてS・I・Sフォーラム会長、スマートカルチャーゲートウェイ株式会社社長の内田清志氏が、「言語翻訳のビジネスモデル」についてスマートカルチャーゲートウェイ株式会社副社長の高岡幹氏が、A「多言語ロボット」の実演紹介を(株)見果てぬ夢の焦氏が、B「地域から創造する生涯の学び」と題して株式会社日本コスモトピア代表取締役社長、一般社団法人自立学習推進協会代表理事の下向峰子氏がそれぞれ講演され、それぞれのご講演に対し活発な意見交換をすることが出来ました。
多言語セミナー.jpg
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2018年11月14日

ネットワークを活用した遠隔医療に関する活動

CCC21 HP用原稿 No.1
参与 滝沢 正臣 

本年、長い間勤務した信州大学病院から、図らずも参与という立場でNPO法人CCC21に関わらせていただくこととなった。考えてみれば中央コリドーとはスタートした時点からの長いおつきあいである。スタートは、20年以上前、高速通信がなかった時代にさかのぼり、長野県内での遠隔医療を実現するため、東京-山梨-松本という中央コリドー地域に沿ったギガビットネットを開設しようとした時点にさかのぼる。

現在、信州大学旭キャンパス内に開設されたラボ(信州地域技術メディカル展開センター キッセイコムテックと信州大学病院第3内科の連携研究室306)に拠点を置き、CCC21分室(医療・福祉関連)として活動することとなったので、これまで行って来たネットワークを活用した遠隔医療に関する活動を連載的に紹介させていただく。

1980年代後半から普及を始めた国立大学病院の電子カルテ構築の流れの中で、信州大学病院の医療情報システムをデザインし、実運用にかかわってきた経験から、個々の病院単位ではなく、病院間での医療情報交換が必要な時代が来ると確信し、長野県内の医療施設を結んだネットワーク構築を考えた。しかし、1990年代初頭ではISDN回線の速度が限界で、当時在籍した信州大学病院放射線科で必要な医用画像の伝送が難しい課題があった。
幸いに、典型的「たこの足大学」である信州大学では、1990年当時、各学部間情報通信インフラ整備にマイクロ波通信を使うことを考え、県中央部の美ヶ原高原山頂(2043m)にある放送局のアンテナを介したシステム(SUNS)で4キャンパス(松本-長野-上田-伊那)を結んだ。チャンネルあたりの通信速度は1.9Mbpsであった。

美ヶ原高原山頂.jpg
図1.1992年に始まった遠隔画像診断
ネットワーク(Teleradiology)
上は美ヶ原高原山頂の中継アンテナ、
下は長野赤十字病院

(実際には美ヶ原高原から直接でなく、
工学部アンテナを経由している)




幸いこの回線が1チャンネル空いていることがわかり、信州大学病院(松本市)と長野赤十字病院放射線科(長野市)とが高速回線でつながった。

1992年より両院間でリアルタイム遠隔画像診断が実施され、核医学画像のオンライン伝送が始まった。この伝送事例の中で、整形外科では経過観察でよいとされた症例が、遠隔画像診断で骨肉腫とわかり緊急手術がおこなわれた、などの有効性が示され、その後、JA佐久総合病院(当時)などとの長野県内画像診断ネットワーク実現につながった。
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